たまのおいとま

めぐりあわせのおかげで海外でしばしおいとまいただくことになった会社員の冒険と発見と悟り

本の話「鹿の王」③

そこで感じたことをざっくりとまとめると、ああ、なんだ、自分も自然界の中の一部で、ただ生まれて、死ぬだけなのだな、ということでした。

そこに善も悪もなくて、成功も失敗もなくて、ただただそうなっている、というだけなのだと思いました。

 

ちょっとこれだけじゃよく分からないと思うので、いくつか引用します。

「…」はいつもと同じで私が省略した箇所です。

 

胎児には指の間に膜があるが、その部分が自ら死ぬことで、指が巧みに動く手が生まれる、という話…自らを捨てて、他の命が命となることを助ける。それが、ただの必然―そういうふうに生まれたから、そうなっただけ、ということもあるのだな、と。(下巻p.441)

 

このセリフを話している登場人物は、病気で家族を亡くしているので、その死を憂えた経験を思い返しながら、続けてこう言います。

 

それを知ったとき、冷え冷えとした心地になったのは、なぜなのだろうな。生き死にを、ただ、そう生まれたからだ、とは、思いたくないのは。生きることには、多分、意味なんぞないんだろうに。在るように在り、消えるように消えるだけなのだろうに。(下巻p.441続き)

 

こういう生死に対する人の情を描きつつ、それと同時に、人の身体の仕組みについて冷静に描かれています。

例えば、主人公は感染症の病素を身に受けて、何ともなく生き続けられているものの、自分の身体の異変は感じていて、どこかおかしいんじゃないかと考えていた時、お医者さんがこう言います。

 

身体が以前とは変わってしまったと言っておられましたけど、それを有害だと感じておられるのは、あなたの心であって、身体ではないってことなのだと思います。身体にとっては、命に関わらなければ排除する必要がないから、あなたの身体は、その病素と共存しているのでしょう。(下巻p.274)

                                つづく