楽しい努力の仕方 4
昨年からずっと、自分が楽しく感じられる状態を維持したままで、
何かを身につけるために物事を続けるにはどうしたらいいか考えています。
この3か月くらい、ずっとああでもないこうでもない、といろいろ試していて、今もまだ、完全にできるようになったわけではありません。
でも、そのおかげで、どうしていつも上手く続かないのか、という理由は見えてきました。
いつも続けようと考えるあまりにやり方が固定されてしまい、その結果飽きて続けるのをやめてしまうということに気づいたのです。
今まで、この飽きるという状態に対して無自覚だったために、気が付くと続けるのをやめてしまっていて、どうしてそうなったのか分からず、分からないままむやみに反省する、というのを繰り返していた気がします。
今の生活では、自分のやり方次第で、毎日の生活を自在にコントロールできます。
その結果自分と向き合う時間が増えて、やっと冷静に気づくことができました。
たぶん、家族やまわりから見れば、何をいまさら、と言う感じだろうとは思います。
でも、自分で自分を客観的に見るのは、私にとって本当に難しいことです。
この機会があったからこそ気づけたと思うと、おいとまは本当に有難いと改めて思っています。
飽きるというのは、やりがいや、ハリ・うるおいのようなものを感じない状態だと思いました。
そして、この飽きたという感情には3段階あるらしいということが分かってきました。
1段階目の症状はこんな感じです。
・朝起きて、特に分かりやすく思い当たることがないのに、なんとなく気持ちが重い
(会社や家事に向かう足取りが重いと感じるのも同じ感覚だと思いました)
・頑張らなくちゃ!と思っている
(これはつまり、そうでも思わないとやる気が起きないくらい、心の底ではやりたくないという状態)
・捕らぬ狸の皮算用を始める
(あと何日やったらここまで終わる!すごい!嬉しい!など考えて、
ニマニマすることを繰り返す状態。
これは、今日やることそのものでは、満足できる成果を感じないから、
現在ではなく未来に期待をかけているということ。
もし明日が来なかったとしたら(また、望んでいる成果が得られなかったら)
かけてきた膨大な期待を一体どこへやるつもりなのか不明瞭で、とても危うい。)
2段階目は、やっていることのカテゴリーの行動全体に飽きる、という状態です。
例えば、英会話ができるようになる、という目標を立てて、それに飽きた場合、
もう英語を話すのはもちろん、耳にするのも嫌だ、と思うような状態になります。
いつもと全く同じことをやっているわけではなかったとしても、
気が重くてやりたくない、と感じる状態です。
このとき、その行動本体ではない、付属的な行動もまとめて嫌になることもあります。
例えば、毎日ランニングをしていたとして、
走るときにいつも着るスポーツウェアを着ること自体が嫌になったり、
それを目にするだけでも気が重くなったりする状態です。
3段階目は、自分が毎日やっている行動の全てについて、それぞれのカテゴリーの行動自体に飽きる、という状態です。
2段階目では、まだどれか一つの行動について飽きている状態だったのに対し、
同じ状態が、毎日やっている他の行動でも同時多発的に起きるということです。
ここまでくると、例えば家事をするのにも、趣味のことをするのにも、重だるい気持ちを感じるようになります。
例えば夕食作りなら、どんなメニューを作ろうと、何の調理器具を使おうと、やる気が起きないし、
次にどんな料理を作ってみよう、という気持ちすら沸いてこなくなります。
どれを作ろうがどれも料理をしないといけないことに変わりはなく、やる気が出ないと感じてしまうのです。
読書が趣味なら、自分が本を手に持って読んでいる、という状態自体をだるく思い、
他に何を読んだとしても、特に面白いことも何もない、と根拠なく思えて、
調べることすら億劫になります。
とはいえ、3段階目は、普通に周りの人たちに囲まれて充実した生活を送っていればなかなか到達しないと思います。
ただ、本当に全くの単純作業のような仕事を孤独にしている場合や、
一人きりで毎日家で過ごしている場合などは
生活を構成する要素に目新しいものがなくなって、割と簡単に陥る状態です。
考えてみると、このおいとま生活自体もともとリスクが高いのだと思います。
振り返ると渡航前は真剣にそれを恐れていました。
でも実際は、あっという間にやりたいことがたくさん出てきて、毎日時間のやりくりを考えながら過ごすようになりました。
語学学校の友達や、日本にいる大切な人たちとのやりとりも、私の毎日を楽しくしてくれました。
でも、コロナで学校がオンラインになり、外で運動がしにくくなり、なかなか自由に外に出かけられなくなると、きついですね。
ここへ来て初めて、2回くらいこの3段階目の状態に陥りました。
でも、幸い、この飽き状態を克服するためにいろいろ方法を考えて試した結果、心を病んで人に助けを乞うようなことには何とかならずに済んでいます。
次回は、このもがきながら見つけた対策(案)を書き出してみたいと思います。