たまのおいとま

めぐりあわせのおかげで海外でしばしおいとまいただくことになった会社員の冒険と発見と悟り

本の話 5「シャネルの真実」

最近私は自分が、関わった人たちの人柄や行動が具体的に描かれた、

歴史上の出来事についての本が好きなことに気づきました。

 

とすれば、伝記のような本なら自分の好みに合う確率が高いのかも、と思い始め、

手に取ってみたのが、今日取り上げる山口昌子さんの「シャネルの真実」です。

 

伝記は前々から読みたいと思っていたのですが、

なかなか大人向けの伝記は見当たらない気がします。

 

ミネルヴァ書房の伝記が面白い、と大学の先生に聞いて興味を持ったものの、

ハードカバーで分厚く、あんまり本屋に取り扱いがないらしい?ということでつまずき、

結局手ごろな本を見つけられないまま、海外に来てしまいました。

 

文庫本でも時々、人の名前をタイトルにした本がありますが、

著者の腕に大きく左右される気がするし、

(自分の関心事項に対する)当たりはずれの振れ幅も大きいような気がしています。

 

でも、まだまだ私が知らない面白い本があるかもしれません。

そんなふうにこれからに期待できるくらい、今回は当たりを引いたと思いました。

 

この本は、産経新聞の記者さんの手で書かれただけあって、

予想以上に時代背景の描写が多い本でした。

 

逆に、シャネルの名言の一言一句や、世に出した洋服の造形とか

シャネル自身についての一般的なこと(いわゆる伝記に書いてありそうなこと)を

知りたい場合には、ちょっと物足りないかもしれません。

 

私の場合、シャネルが女性のための新しいデザインの服を世に出すことを通して、

20世紀のコンセプト(女性の自立、大量消費社会)を次々先取りしたということ以外、

洋服そのものには全く興味がなかった(それもあれだけど)ので、好都合でした。

 

むしろフランス人の一人になったような目線で

2つの世界大戦をすっかり含んだ何十年を眺めることができたのが収穫でした。

 

例えば、第一次世界大戦の時、フランスでは犠牲者が多く出て、

フランス人にとって「大戦」と言えば、第一次世界大戦を指すというほどだそうです。

 

一方で、第二次世界大戦は、停戦協定が早期だったために、

犠牲者はそれほど多くなかったものの、ナチス・ドイツに協力した人が多く、

フランスの人々に精神的な傷を残したとあります。

 

フランスの人々から見て2つの大戦がそんな意味を持っていたとは、

視点をシャネルに置いて初めて分かりました。

いかに自分が、日本という限られた視点からしか世界史を眺めていなかったのか、

ということがよく分かりました。

 

他にも、フランスの人たちの政治に対する意識の変遷、国内の階級意識

ドイツに対する因縁、イギリスやアメリカ、ロシアとの関係性など、

フランス社会の情勢について、具体的で想像しやすい記述が多々あります。

 

日本が歩んできた歴史が、今の自分たちの価値観に密接に結びついているように、

今のヨーロッパの人たちと付き合い、その発想を理解するためにも、

彼らがどのように過去を捉えているのか、社会をどう捉えているのか、

を知るのはきっと大事だ、と思いました。

 

あともう一つ、面白かったのは、シャネルが交友関係から受けた影響が、

その時々に生み出したモードに色濃い特徴として表れているということです。

 

シャネルは生涯結婚しなかったものの、

それはもうたくさんの恋人がいました。

イギリス人だったり、はたまたドイツ人だったり、ロシア人だったり・・・

失礼ながら、あれ、今何歳だったっけ?と途中でつい計算してしまったほど、

恋多き彩豊かな人生でした。

 

すごいのは、そんな激しい変化に富みながらも、

シャネルのモードには、「シンプルで着心地が良く、無駄がない」という三原則が貫かれていることです。

 

人間、何かゆるがない一つの信念を持つことすら難しいのに、

その上で、柔軟にまわりの人から良いものを、「自分らしく」取り入れられること、

これほど無敵な才能はないと思います。

 

(少なくともこの本からはそう見えるのですが、)

シャネルの打ち出してきた服が、片っ端から成功していった秘訣は、

そういうところにあるのではないかと思いました。